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<meta name="author" content="加納 景">
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<title>Other Voices(2004-04) -Poesia</title>
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<h1 lang="en">Other Voices(2004-04)</h1>

<h2>idea</h2>

<h3>2004/04/29(Thu)</h3>
<h4>ワラタ</h4>
<p><a href="http://sins.me.uk/">attackerさん</a>こと<a href="http://box.elsia.net/~blog/">mojioさん</a>の名言がブレイク中。</p>
<ul>
<li><a href="http://box.elsia.net/~blog/archive/2004/04/24/#id1082739383">http://box.elsia.net/~blog/archive/2004/04/24/#id1082739383</a><ul>
<li><q>rubyってtDiaryを動かすのに必要なヤツだっけ？</q></li>
</ul>
</li>
</ul>
<p>反応リンク集まで。</p>
<ul>
<li><a href="http://pub.cozmixng.org/~the-rwiki/rw-cgi.rb?cmd=view;name=ruby%A4%C3%A4%C6%A1%FB%A1%FB%A1%FB%A4%F2%C6%B0%A4%AB%A4%B9%A4%CE%A4%CB%C9%AC%CD%D7%A4%CA%A5%E4%A5%C4%A4%C0%A4%C3%A4%B1%A1%A9">The RWiki - rubyって○○○を動かすのに必要なヤツだっけ？</a></li>
</ul>


<h3>2004/04/29(Thu)</h3>
<h4>仮名遣ひの訂正</h4>
<p>久びさに仮名遣ひの初歩的な間違ひを連続してやらかした。</p>
<ul>
<li>×どの道機嫌が<em>なおる</em>ことがないならば、せめて人に迷惑をかけ<em>に</em>やうに<em>しやう</em></li>

<li>○どの道機嫌が<em>なほる</em>ことがないならば、せめて人に迷惑をかけ<em>ぬ</em>やうに<em>しよう</em></li>
</ul>
<p>打ち間違ひの方が恥づかしかつたり。</p>


<h3>2004/04/29(Thu)</h3>
<h4>あたる</h4>
<p>僕は機嫌が悪いときでも、あまり人にあたらない方だし、そもそもそんなに機嫌が悪くなることがない。それでも機嫌が悪いときもあつて、それは大体、御腹がへつてゐるか、自分の思ひどほりに事が運ばず、あまりにも非効率的な行動をとらされたり目の当りにしてゐるときだ。それが同時に起きれば、十中八九僕はキレかけてゐる。だが、最近はさういふことがなくなつてきて、次第に機嫌が悪くなることも少くなつてきた。</p>
<p>ところで、機嫌が悪いときに、辺り構はず当り散らす人がゐるけれど、さういふ人つて、それで満足してゐるのでせうか。当り散らすことで、かへつて自己嫌悪になつたりしないのでせうか。僕は、それが嫌で人にあたらないのですが、或はさういふ人は、分かつてゐるにも関らず、あたつてしまふのでせうか。どの道機嫌がなほることがないならば、せめて人に迷惑をかけぬやうにしようといふブレーキがかからないのでせうか。女の人にこの傾向は強いと思ふ。それを認めない男は度量が小さい奴で云々と言はれるのは、目に見えてゐるけれど、人間関係つて、さういふもんぢやないでせう。</p>


<h3>2004/04/29(Thu)</h3>
<h4>読書体験</h4>
<p>ある文章と違ふ文章を比べるといふ段になると、その人の読書の質とか量が手にとるやうに分かる。ガブリエラ・ミストラルの詩を読んで片山恭一氏の『世界の中心で、愛をさけぶ』を引き合ひにするなど、いやあ、まつたくもつて恐れ入つた。とか嫌味を言ふと嫌はれるので言はなかつたが（当たり前）。</p>
<p>ベストセラーは読んでゐても読んでゐないふりをするといふやうな、さういふ自意識が昔はあつたと思ふのだが、今はないのでせうか。綿矢りささんくらゐなら、或る意味納得できるのだけれど。あ、さういへば。『蹴りたい背中』を買つたのにまだ読んでゐなかつた。</p>


<h3>2004/04/29(Thu)</h3>
<h4>価値</h4>
<p>「本当に価値のないものなんてない」といふ価値のない言葉。</p>


<h3>2004/04/28(Wed)</h3>
<h4>ぐぐるのわな</h4>
<ul>
<li><a href="http://www.google.co.jp/search?q=%E5%9D%82%E6%9C%AC%E9%BE%8D%E4%B8%80+%E7%99%92%E3%81%97&amp;ie=UTF-8&amp;oe=UTF-8&amp;hl=ja&amp;btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&amp;lr=">Google 検索: 坂本龍一 癒し</a></li>
</ul>
<p>これを検索して来られた方は、きつと癒しを求めてゐたに違ひないと思ふのだが、さうぢやないと主張する文書に出合つて、どんな思ひをもたれたのでせうか。私としては狙ひどほりなんですが。笑ひ。</p>


<h3>2004/04/28(Wed)</h3>
<h4>告白といふ虚言</h4>
<p>告白の多くは物語的なものだ。その人の感情やら感傷やら、苦悩やら歓喜やらで、塗りたくつてゐるからである。真実をありのままに述べることがそもそも出来ぬのに、どうして許しを得るといふ自己救済の言葉にそれが望めようか。</p>
<p>或は、それでも、さういふ告白を信じなければならぬ時がある。人はそれを識別するのに苦労するが、それは悪いことではない。もつとも悪いのは、すべてを疑ひなしに受け入れる事か、すべてを疑つて信じぬことである。そのどちらもよく物事を考へずに逃げてゐるだけなのだ。</p>


<h3>2004/04/27(Tue)</h3>
<h4>講義ノオト</h4>
<p><img src="http://www.poesia.jp/images/note.jpg" class="illust" alt="講義ノオト"></p>
<p>母性が云々で性差が云々でオリンポス十二神が云々といふ、初歩の初歩の授業ノオト。阿闍世コンプレックスは面白かつたけれども。</p>
<ul>
<li><a href="http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%BBOR%E9%98%BF%E9%97%8D%E4%B8%96%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9&amp;ie=UTF-8&amp;oe=UTF-8&amp;hl=ja&amp;btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&amp;lr=">Google 検索: アジャセOR阿闍世コンプレックス</a></li>
</ul>


<h3>2004/04/27(Tue)</h3>
<h4>スランプ</h4>
<p>僕は高校からこのかた、ずつとスランプだつた。一体なんのスランプなのかと問はれればちよつと困つてしまふけれど、とにかく何をするにしてもうまくゐかず、たとへば高校の部活にしろ勉学にしろ、およそ努力が必要とされるものに対して無自覚なまゝとんとやる気が起きなかつた。それは生活全般にも及んで、最近まで自墮落退廃きはまる様であつた。しかしいまになつて、急に、フッとそのスランプを脱け出た感じがする。それが何に起因してゐるかは実のところ多くを理解してゐるが、ここで今全面的に公開することは、話の筋道からいつて避けたい。それでも少々の種明かしを許してもらへれば、それは「悩む」ことであつたに違ひないと思ふ。なにも、スランプになつてゐる対象そのものに悩むといふことではない。さうではなく、日常生活に差し迫つた危機に関するものならなんでもよいのである。それに直面し、否が応でも悩まざるを得なくなり、一ヶ月も不眠症にでもなれば、己れの不精がてんで下らなく、それどころか、今まであつた悩みと比すれば大したことではないと悟るに至るのである。</p>
<!--もちろん、スランプにも様々な種類があることを知らないわけではない。努力に努力を重ねてゐるにも関らず、そこから脱出できないといふスランプもある。しかし私の体験した中から言へる事は、不精から抜け出せぬ精神的弛緩といふスランプだけなのだ。だから、これに当嵌らない種々の事情は抜きに語ることを許してもらひたい。-->

<h3>2004/04/26(Mon)</h3>
<h4>詩</h4>
<p>詩に関しては門外漢なのだけれど、一応文章の味はひ方を知つてゐるので、それなりの感想を有つことはできるのだが、今日現役の詩人の授業を受け、とある詩の感想を述べたところ、いたく気に入られて、「あなたならいい詩が書けるわよ」云々と言はた。それで気をよくし、口幅つたくも小説にまで言及してしまつた。修行がなつてゐないと後から反省。</p>
<p>といふか、そのときに言つたのは感想ぢやなくて批評だつたといふ……。</p>


<h3>2004/04/24(Sat)</h3>
<h4>別れのあと</h4>
<p>「それぢやあ、がんばれよ。バイバイ」<br>
「うん。○○○もね」</p>
<p>数分後、電話。</p>
<p>「もしもし？」<br>
「あのさ、さつき言ひ忘れたんだけれど、もう女ゐたでせう」<br>
「は？ゐないけど？」<br>
「だつて、櫛に長い髮の毛がついてゐたよ」<br>
「×のぢやないのか？」<br>
「私はもつと短いもん。いや、ゐたらゐたでいいんだけど……」<br>
「いや、本当にゐないから。信じてゐないでせう」<br>
「うん、悪いけど」</p>
<p>他に女がゐてそんなミスをするやうな男は相当の莫迦だ。</p>


<h3>2004/04/21(Wed)</h3>
<h4>沈む町と羊たちの声</h4>
<p class="note">以下の文章は<em>完全な</em>フィクションです。また、連載です。</p>
<h5>1.</h5><p>昼。ちやうどスパゲティが茹で上がつたところでメールが来た。友達の女の子からだつた。</p>
<p>「聞ひた話だけれど、あなたの彼女、浮気してゐるらしいよ？」</p>
<p>まつたく。僕はため息をつく。なんだつて今なんだ？僕は寝過ごして気分が悪かつたけれど、シャワーを浴び、熱いコーヒーを飲んで、髭をそり、スパゲティーを茹でてゐた。やつと元通りになるところだつたんだ。ラジオでは「中高年のための人生相談」が引つ切り無しにかかつてゐるし、外は近くの小学校が昼休みの放送を大音量で流してゐる。この状況のどこに、機嫌をよくするポイントがあるといふのだ？</p>
<p>まあいゝ。それはとりあえずいゝ。ハワイの海辺に寝転んでゐると、ビーチボーイズがどこからともなく聞こへてくるやうな状況が最高だが、生憎僕は狭くて埃つぽい東京の隅つこに住んでゐるのだ。望んでも手に入らないものを欲したところで、どうなるわけでもない。</p>
<p>さて。さて。</p>
<p>オーケー。彼女は浮気した。たぶん本当なんだらう。今から思へば、思ひ当たる節はいくつかあるし、最近極端にメールが来なくなつた。彼女にも彼女なりの事情があるのだらう。だから僕は彼女を責めたりすることはできない。そもそも、彼女は僕が何か言つたところで、一度決めたことを変へるやうな人間ではないのだ。彼女の決意の前では、僕は無力に等しい。いや、僕だけでなく、男性はみんなさうだらう。女性の決意ほど揺るがし難ひものはないのだ。彼女は僕とは違う男を選んだ。それで、おしまい。パチン。オフ。</p>
<p>気づくと外は雨が降つてゐた。さつきまでは<em>きちんと</em>晴れてゐたのに。まるで御主人に「待て」と言はれ、忠実に待つてゐる犬のやうに、きちんと晴れてゐたのに。雨はしつとりと地面を濡らしていつた。我慢しきれなくなり、がつつくような雨ではなかつた。むしろ、餌を隅から隅まで味わうやうな、じつくりと食べる食べ方に似た雨だ。きつと、この雨はしつけがなつてゐるのだ。まつたく。</p>
<p>僕は作りかけのスパゲティを思ひ出した。台所に行くと、致命的に冷えきつたスパゲティが、まるで倉庫の奥に長年放置されたゴムホースのやうに置かれてゐた。結局――</p>
<p>僕たちもこのスパゲティと同じだつたのだ。</p>


<h3>2004/04/21(Wed)</h3>
<h4>鬱日記括弧藁</h4>
<p>はてなが果てしなく重ひのでこつちで更新。昨日は一晩かけてPCを再セットアップしてゐた。バックアップを取り忘れたものをいくつかあつて、ただいま大混乱中。</p>
<p>私生活は……考へ時かもしれない。といふか、Genの言葉で昔の自分を思ひ出した。俺は俺のやり方をすべきだ。正直、もう悩みたくないのが本音。</p>


<h3>2004/04/16(Fri)</h3>
<h4>方針</h4>
<p>こちらは拙い小説の叩き台とか草稿なんかを扱はうかな。或る意味、小説サイトになるかも。あ、嘘日記を書いて小説と言ひ張る手もあるか。とにかくそんなものだから、論理とか日常雑記を期待してくださるなら、はてなダイアリーの方で更新しますので、そちらを見てください。といふか、日記プロジェクトが完成すればまた全部まとめるつもり。</p>


<h3>2004/04/16(Fri)</h3>
<h4>分類はむつかしい</h4>
<blockquote cite="http://sins.me.uk/index.php?20040415#20040415_00" title="SINS-ver.IU「はてなダイアリーは魔性のツール」">
<p>加納さんが　<a href="http://d.hatena.ne.jp/kanou/">はてなダイアリー</a>を使用していることを<a href="http://www.poesia.jp/notebook/voices.html">激白されてて</a>、早速bloglinesに登録。しかし、はてなダイアリーは魔性のツールで、過去何人も副サイト的な使い方をしているうちにすっかりはてなダイアリーメインの更新になってしまった人々を見てきたので、加納さんがそうならないことを祈ります。</p>
</blockquote>
<p>僕も幾人か知つてゐますが、うちはアレです。分類しないとさすがにごちやごちやし過ぎて、一体何がメインのサイトなのか解らないといふ自体が生じてゐると思ふので、ここは本統（志賀直哉の書き癖）の趣旨にそつた文書を公開した方がいいかなといふ判断でした。が。すでに向うの更新速度がいつもくらゐまであがつてゐて、attackerさんにご心配して頂いた事が早くも実現してゐるといふ、死に損ない、ゾンビの野垂れ死に、に匹敵する不様な有様であります。</p>


<h3>2004/04/15(Thu)</h3>
<h4>分類</h4>
<p>論理や論争やweb技術や日常雑記に関することは<a href="http://d.hatena.ne.jp/kanou/">Individual Production</a>に移して、表現に関することはこちらにしてみる。今はこの形態のテスト段階ですので、問題があれば元に戻します。</p>


<h3>2004/04/14(Wed)</h3>
<h4>はてなダイアリー</h4>
<p>はてな熱が冷めたころに公開しようと思つてゐたのだが、いつかうにその気配がないので、もう公開する。</p>
<ul>
<li><a href="http://d.hatena.ne.jp/kanou/">はてなダイアリー - Individual Production</a></li>
</ul>
<p>デザインするのが面倒で。内容は日記やニュース、webに関することなど。</p>


<h3>2004/04/14(Wed)</h3>
<h4>今更ですが</h4>
<p>当サイトはソースも一緒にご覧になると、より一層楽しめます。コメントアウトも時々ありますし。といふか一番重要なのは引用元のURIを<code>blockquote</code>要素の<code>cite</code>属性で明示してゐることですよ。</p>


<h3>2004/04/14(Wed)</h3>
<h4>はまつてゐるもの</h4>
<p>一昨日、或る人と買ひ物に行つて、序でにお香を買つてもらつたのですが、本当にはまりまして、買つたのは桃のかほりのするお香なのですが、本当に心が落ち着きます。僕は元々ばあちやんッ子で、よくお寺に連れて行かれたものだから、お線香のかほりとか好きなのです。今度どつさり買ひだめするつもりです。体験したことのない人は、一度やつてみるとよいでせう。おすすめです。</p>


<h3>2004/04/14(Wed)</h3>
<h4>歳</h4>
<blockquote cite="http://404.junkwork.net/archives/000287.html" title="404 : あまり事件とは関係のない話"><p>「あなたみたいな人にはなりたくない」なんて捨て台詞を吐かれて、「できればそうしてください」とか返すあたり歳取ったなぁとか思った。</p>
</blockquote>
<p>笑つた。僕も同様の感想を持つだらうな。ネットといふのは原則匿名の分、相手の性格なんてものはわからないし、そもそもリアルで知り合ひでも本当にわかることなんてありはしない。だから、僕はいくら論争してゐても相手の性格を罵倒したり、誹謗中傷することはない。これは前に書いたが、僕が問題にするのは論理であつて性格ではないのだ。だから逆に、誹謗中傷のみに終始し、一つも反論できないやうな輩がゐるとすれば、さういふ奴はそこまでの奴だと思つて「僕みたいにはならないでください」、<q>できればそうしてください</q>といふしかないだらうな。</p>


<h3>2004/04/13(Tue)</h3>
<h4>反応</h4>
<p>最近巡回してゐなくて、言及されてゐることに気が付かなかつたのですが、気づいたので。</p>
<ul>
<li><a href="http://404.junkwork.net/archives/000296.html">404 : テストの結果とそれに起因する行動の差</a></li>
</ul>
<blockquote cite="http://404.junkwork.net/archives/000296.html" title="404 : テストの結果とそれに起因する行動の差">
<p>同じテストの結果でも教科次第でこれほど執着の違いが出る人、というのがあまり身近にいないので、白黒はっきりしていて素敵だなぁとか思った次第で。</p>
</blockquote>
<p>よく言はれました。国語の解き方を喋つてゐたら、「なんでそんな解き方ができるのに数学ができないの？」とか質問されたこともあつた。その友人曰く、私の国語の解答方法は数学のそれと似てゐるさうです。まあ、記号学的に言へば数学だらうと国語だらうと同じですからねえ。といふか、単に勉強してゐないだけなんですが。「勉強をする」といふ才能がないのです。</p>
<ul>
<li><a href="http://www.badtrance.org/archives/000087.html">XIX: 無限言語回廊</a></li>
</ul>
<blockquote cite="http://www.badtrance.org/archives/000087.html" title="XIX: 無限言語回廊">
<p>あとX51.orgで「<a href="http://x51.org/x/04/02/1920.php">今世紀末までに半分以上の言語が消滅</a>」ってのを見つけた。興味深きことこの上なし。<br>(中略)<br>言語はコミュニケーション文化の集大成っぽいし。でも、正直「無くなるのは勿体無いよねー」の方が率直な感想。無くなったら後で思い返すことも出来ないし。あと多様性が失われていくってのは進化的には良くないとかどうとか思った。―つうか言語の後ろに文化があるので、複数の文化（伝統・経験）の違いを、より少ない数の言語とその文化で包括するのが歪みを生みそう。ああ、よく意味分かんない文だけど察して。あと減ると逆に反動で保守的になって守ろう！（しかも言語の消滅が政治的な理由だと尚更）みたくなると思うんだけど、そうならないのかな。追いつかないだけか。<a href="http://www.poesia.jp/">加納さん</a>とか<a href="http://www.unendlichegeschichte.org/">Virulenzさん</a>とかは言語に対して造詣がディープ系なのでまた違う視点で読めるかも。</p>
<p>それと加納さんの「<a href="http://www.poesia.jp/notebook/voices.html">評価</a>」は面白かった。文末のコメントに対して、俺は全然笑えないんだけど、若いな、とかは思った。でもこういうの言うのって（俺のイメージの中の）加納さんらしいなぁ。レベルが恐ろしく下がるけど、俺も学校の校則とかで似たように抗議した事はあるので、なんか、うん。こういうのっていいよね。謎。</p>
</blockquote>
<p>無駄に引用が長くてすみません。色々な考へが浮かびましたが、どれも糞なので放置の方向でお願ひしたいのですが、要するに「残る言語」は文化的強度（謎）が強いといふことなのでは、とか、その強度は伝統から生じるものなのだから、<q>反動で保守的</q>になるのは必然なのでは、とか、もしさうならば、ただ消えるから<q>保守<em title="強調加納">的</em></q>になるのは順序がまるで逆ぢやないか、とか。といふか、僕は<q>言語に対して造詣がディープ系</q>ではないです。先ほども言ひましたとほり、「言語」といふ範疇で考へれば、僕は中学生並みです。しかし、なかんづく「日本語」ならば、なんとか「考へること」ができます。</p>
<p>で。<q>文末のコメントに対して、俺は全然笑えない</q>とのことですが、簡単なことです。<q>「生」や「死」</q>を扱ふだけで<q>前衛作品</q>とは、中々世の中を甘く見てゐて<q>若い</q>なと。そしてそれを臆面もなく主張してみせる辺り。</p>


<h3>2004/04/13(Tue)</h3>
<h4>語らぬ美学を嗤ふ</h4>
<p>男ッて、語らずに悟れと思ふ節があるやうで、それを屡々女に向けて要求する。</p>
<p>莫迦ぢやないかと思ふ。</p>
<p>なるほど、さういふことになれば中々の関係であると言へるだらう。だが、<em>さうなるやうにするためには、互ひの知る努力が必須になるは当然である</em>。それもせずに「解れ」といふのは、ただの怠惰だ。或いは、諸条件を揃へておいて、そこから推論させるといふ手法もあるだらう。しかし一体、<em>なぜ語らぬのか</em>といふことに理由がなければ、ただ己れの内向のために相手を苦しめてゐるだけだ。</p>
<p>なに恰好つけてゐるんだ、と思ふ。</p>


<h3>2004/04/13(Tue)</h3>
<h4>はつきりするといふこと</h4>
<p>僕は物事がはつきりしないと嫌な性質だ。といふより、「はつきりしない」といふはつきりとした結論がでるまで、とことん突き詰めて考へる性質だ。</p>
<p>男女の仲ははつきりしないことが多いなどと、何か解つたつもりになつてアドバイスする者がゐる。だが、男女だけでなく同性においてすら、遂にはつきりすることはないのだから、そんなことは何を言つた事にもならない。問題は、どこまで解ることができ、また解らぬ事があるかを知ることだ。知り、すべてを知りえぬことに絶望し、絶望しながらそれでも知らうとすることだ。密接な人間関係を築かうとするならば、ここからしかそれは生まれえない。なぜと言つて、「密接」なる距離は多くの人が思ふほど近くないが、それでも近づかうとする相互の意思があるといふ一点において、お互ひの精神に肉薄するからだ。</p>


<h3>2004/04/12(Mon)</h3>
<h4>懐かしい</h4>
<p>英語といふ教科をまつたく勉強してこなかつた僕であります。テストで赤点とつても、あと二点ですのでどつかプラスしてくださいとか先生に懇願してあげてもらふやうなことをしてゐた僕です。その僕が、面白いと思つたのですよ。</p>
<ul>
<li><a href="http://www.mushline.com/junky/archives/000357.shtml">Junkline - メッセンジャーで楽しい英語塾なログ 1</a></li>

<li><a href="http://www.mushline.com/junky/archives/000358.shtml">Junkline - メッセンジャーで楽しい英語塾なログ 2</a></li>
</ul>
<p>中学時代を思ひ出したり、高校のころの授業を思ひ出したり。仕様書を厭々読んだあと、邦訳と照し合はせると本当に情けなくなつてきます。それだけ英語力がないのですが、最近さういふ事情でなにかと英語と付きあふことになつて、段々と面白いなあと思ふやうになりました。そしてこれを読んでまた勉強しようかなと思つた次第であります。</p>


<h3>2004/04/12(Mon)</h3>
<h4>分類</h4>
<h5>前口上</h5><p>久しぶりにUG界隈の某有名ディレクトリ型検索エンジンをまはつてゐて、おもはぬサイトの掲示板で<a href="http://sins.me.uk/">attackerさん</a>を発見。やつぱりUGなんだ！とか言つてみる。</p>
<h5>本題</h5><p>で、本題はそつちぢやなくて、コミュニティのリンクに裏表はないな、といふことでして。法律の抜け道と称するコンテンツを並べたサイトが、育児日記にリンクしてゐたりするのは、よく考へなくとも当然ありうることだ。或いは、或るサイトのコンテンツは、或る人の或る精神にだけ依つて作成されてゐるといふことかもしれない。つまり、数ある己れの特性のどれに比重をおくかといふ問題だけなのである。たとへばAさんは手芸が趣味だが、ネットワークに関する知識も豊富で、実はスーパーハカーだつたといふこともあるだらうし、はたまた、スーパーハカーのかたはらほのぼの手芸日記を公開してゐるかもしれない。そこにおいて人間の表裏を見るならば、それが単に具象化されたものとしてUGとOGといふ便宜的な分類があるのだらうといふことも推測できる。さういふ人間がコミュニティをもてば、おのづとその境界も不分明になるのは道理であつて、至極当たり前のことなのだといふ結論に達する。</p>
<h5>結論</h5><p><em>物事の分類は、分類されないといふことである。</em></p>
<!--某所の真似。すみません。-->

<h3>2004/04/12(Mon)</h3>
<h4>信用といふこと</h4>
<p>野嵜氏が、他人に、母校である早稲田を揶揄されたときに色々言つてゐたが、一度信用をなくしたものは簡単に戻すことはできない。過去に罪を犯したといふだけで信用なんてものはなくなる。しかも、植草教授が逮捕されたり（しかもよりによつて都迷惑防止条例違反）してゐれば、腐臭を感じないでもないといふものだ。</p>
<p>私にも一人、早稲田に通つてゐる知り合ひがゐるが、彼は中々立派なことを言つてゐる。「たしかに、特定の人間がやつたことは早稲田全体に関係しないけれど、それでも世間は早稲田を冷たい目で見るだらう。けれども、それは正しいことだと思ふ。なぜなら、そこに所属したといふ責任があるからだ」といふやうなことを言つてゐた。もちろん、さういふことを事前に予測できることなんぞできはしないが、できないから責任がないといふことにはならない。</p>
<p>実を言へば、私の大学も過去に同じ様なことをやり、非難を浴びたことがある。最近も他の件で色々やつてゐるやうだ。私は、それを引き合ひにして責められても、それは仕方のないことだと思ふ。重要なのは、自分は違ふといふことを、言はずとも人に納得してもらへるやうな生き方をすることではないのだらうか。</p>


<h3>2004/04/11(Sun)</h3>
<h4>カスイケスレ</h4>
<p><a href="http://pc5.2ch.net/test/read.cgi/hp/1078361001/160-163">読めねーよ</a>。</p>


<h3>2004/04/11(Sun)</h3>
<h4>評価</h4>
<p>古いフロッピーを引つ張りだしてきたら、昔作つた劇の脚本を、国語の先生が評した文章が出てきた。</p>
<blockquote>
<p>あまりに言葉が先行し、言葉で説明しようとした哲学的作品で、今度は舞台で見せる、言葉で伝えられないものを舞台で見せることによって伝える。そういう脚本を是非書いてほしい。作者にはそういう力があると思うのだ。</p>
</blockquote>
<p>僕はこれに猛反発して――脚本賞をもらつたのに――色々息巻いてゐた。人は言語的動物だとか言つて。考へれば、今もほとんど同じことを言つてゐるわけですが。</p>
<p>僕が高校のころ、国語のテストで答案が返却されると、必ず一悶着起こしたものだつた。問題を責めたり、模範解答とされるものを責めたり。それでいくつか解答基準を変更させたこともあつた。今から思へば、糞生意気な生徒の意見に真摯に向合つたあの先生は立派な方だつたと思ふ。ただ、それでも、僕の言つてゐたことは間違ひだとは思はないけれど。</p>
<p>僕はその評価を評価して、こんなことを書いてゐます。</p>
<blockquote>
<p>問題は、国語の先生ともあろう人が、安易に「言葉で伝えられないもの」などと語ってしまうことです。</p>
<p>我々は、常に自分の考えていることを、言語化して生活しています。<br></p>
<p>(中略)</p>
<p>言葉に出来なかったものを、言葉にされることによって、人は大きく心が動かされます。それは、人が言葉に対して、無意識に絶対の信頼を置いているからなのです。</p>
<p>いささか自己弁護めいたことを云うと、「生」や「死」という、言葉にしづらいものを、わざわざ言葉にしてしまったということに、この脚本の意義はあるのです。ですから、前衛作品として読まなければ、たしかにその先生が云うように「とにかく難解な作品」としかうつらなのです。<br></p>
</blockquote>
<p>笑つた。色々な意味で。これを笑へる人は、どれくらゐいらつしやるのだらう。</p>


<h3>2004/04/10(Sat)</h3>
<h4>生活といふ観念</h4>
<blockquote cite="http://8123.teacup.com/tosei/bbs" title="西部邁的BBS -真正保守への眼差し-(葬式　投稿者：GORO 　投稿日： 4月 5日(月)00時48分54秒)"><p>先日，妻の母親がくも膜下出血で急死しました．悲嘆に暮れたことはいうまでもありません．感じたことを２点．</p>
<p>一つは不思議な感情についてです．義母の亡骸とは２晩一緒に過ごしたのですが，偶然に，３０分ほど私が一人きりで付き添う時間がありました．そのとき何故か，心が落ち着くというか，心が温まる感情を味わいました．その理由を自分なりに分析すると，まだまだ余生を楽しく過ごすべき年齢だったというものの，引き継ぐべき次世代家族を残すことができた彼女に，尊敬と感謝の念を抱いたからだと思います．もし子供が死ねばこうした感情は発生しないでしょう．死とはこういうものなのだと実感しました．即ち，遺伝子と道徳を引き継ぐという人生の一大事を成し遂げた人の死は，容易に受け入れられるのです．３人目を身篭っている妻は激しく動揺していましたが，私と同じ感情も味わっていたようです．</p>
<p>もう一つはコミュニティーに有り様についてです．田舎ですので，葬式は自宅で執り行われ，それを取り仕切るのは，近所のいわゆる「組」です．見事な共助作業だと実感しました．眺めていると，家柄，族柄，地域柄がよく観察できます．家柄の積み重ねで国柄が成り立っているのだと思います．持ちつ持たれつの関係の安定性が，今も昔も非常に重要であると感じました．</p>
</blockquote>
<p>実生活での体験を、己れの精神まで垂直におろし、「生き方」の問題として捉へ、ただ観念としての保守に留まつてゐないのが素晴らしい。さすが西部氏を慕ふ掲示板だと思つた。</p>


<h3>2004/04/10(Sat)</h3>
<h4>ニュース</h4>
<p>今日初めて人質事件を知る。テレビもネットもこの頃あまり見てゐなくて、世の中の出来事と遮断された状況に。</p>
<p>で。あまりに当たり前のことが当たり前に起こつたのだから、今更何を騒いでゐるの。この国なら、殺されてもほんの少しの間話題に取り上げられ、すぐに忘れ去られるのは火を見るより明らかだ。赤軍派の時といい、オウムの時といい、今回の事件といい、何も変つてゐない。</p>


<h3>2004/04/10(Sat)</h3>
<h4>暫定処置</h4>
<p>火狐が使へないから、仕方がないのでOperaに乗換。ブックマークをインポートしてスキンを導入。今まで表示確認にしか使はなかつたブラウザをフルに活用してゐると、何か変な気分になつてくる。</p>
<p>といふか、相変らずOperaはレンダリングのをかしいところが目立つ。</p>


<h3>2004/04/10(Sat)</h3>
<h4>朝一杯の麦酒</h4>
<p><img src="http://www.poesia.jp/images/beer.jpg" class="illust" alt="朝麦酒"></p>
<p>朝起きてビールを飲み、バイト前に飲み、寝る前に飲む。アルコール中毒の患者みたいなことをしてゐます。一日に消費される本数が半端でなくなつてきたので、そろそろやめますが。といふか、ハイネケンは悪くないですね。</p>


<h3>2004/04/10(Sat)</h3>
<h4>火狐</h4>
<p>僕の火の狐ちやんが、よく固まつてくれます。CGIのリソースはその頻度が高いのですが、レンダリングの問題なのかどうかは不明。ちなみにこれはLunascapeで更新。</p>
<p>それと、闇黒日記が、過去ログ行きになつたときに、アクセス出来なくなるのは、キャッシュのせゐと判明。よく考へなくとも当たり前の話だつた。といふか、強烈なキャッシュの機能も考へもの。</p>


<h3>2004/04/10(Sat)</h3>
<h4>クールといふ人物像</h4>
<p><a href="http://www5d.biglobe.ne.jp/~quia/report/2004/2004_03_b.html#date15-1">Wind Report - 2004年3月中旬 [QUIA]「冷たさの温度差」</a>を読んでもらいたい。と、誰に言ふのでもなく言つてみる。ちなみに私は一番上に分類されるかもしれない。或いは二番目。</p>


<h3>2004/04/08(Thu)</h3>
<h4>淡々と続けるよ</h4>
<p>何か冷静になつてきた。僕は良くも悪くも冷静（クール/寒い）な人間のはずだから、かうなつて当たり前。</p>
<p>といふか、IMEが本当にヤバイよ。正かなの出力がされないよ。一度現代かなを打つて、それから正かなに変換してゐるよ。そろそろ現代かなに戻るかもしれない。</p>


<h3>2004/04/07(Wed)</h3>
<h4>もういいよ</h4>
<p>自暴自棄ではないけれど、本当にどうでもよくなる時つてあるよね。俺は毎日思ひます。今日は特に。</p>


<h3>2004/04/07(Wed)</h3>
<h4>人間・この模型的なるもの</h4>
<p>「近代」を意味する<span lang="en">modern</span>は<span lang="en">model</span>、つまり「模型」と同義語だといふ。近代文学の中で冠絶して語られるバルザックの作品を見てもそれは明らかだ。「人間喜劇」とはつまり、作者が世界を模型的に捉へ、それに従つて生きる人間を描き出すことに他ならない。さうと解れば、近代主義とは人間を模型化された世界の中に閉ぢ込め、人間本来の生き方をアプリオリに規定し束縛することだと解るはずである。</p>
<p>しかし、少し考へてみれば、我々が生きてゐる中で、何らかの模型に沿つて束縛を受けずにゐることが、果たしてあるかどうか、疑問に思ふはずである。たとへば人間関係において、それは端的に表はれる。「彼女と別れた。しかし、彼女を追ふことはしない。なぜなら彼女にも考へがあるからに違ひないからだ」といふ判断は、かなりの紋切り型、模型化された判断である。しかしそれとは逆の、「彼女と別れた。だが、彼女を追ふ。なぜなら彼女を好きだからだ」といふ判断もまた同様に、よくある判断である。かやうに人間は模型化された思考に縛られてゐるわけで、絶対的に束縛を受けずにゐることはない。で、あるならば、「近代の超克」を試みる姿勢は間違ひであると言へるやうに思ふ。しかし、本当にさうだらうか。</p>
<p>私が近代主義なるものに反発を覚えるのは、模型化された思考様式それだけではない。私は、<em>アプリオリ</em>に「善」とし「悪」とする姿勢に反発してゐるのだ。マルクス主義にしろアメリカニズムしろ、思想本来のそれとは別に、それを受容し生きる人々の、なんら疑ひの目を向けず、少しでも疑念の声を挙げようものならまるで悪魔であるかのやうに「悪」のレッテルを貼り、己の独善的な態度に一顧も与へないといふ自意識の欠如、それに反感をもつてゐるのである。</p>
<!-- <p>人間は殆どの場合において、模型化された思考・行動様式をとる。だが、そこに留まることをよしとする思想に与することは出来ない。なぜといつて、己の「進歩」を信じ、それゆゑ「退歩」することをためらはぬ立派な人間を、知つてゐるからだ。我々は常に彼をみならはうとしてゐるはずだ。だから、「近代の超克」をしなければならない。</p>
 -->

<h3>2004/04/07(Wed)</h3>
<h4>スタイル固守</h4>
<p>当初の自分の考へを貫きとほす<span title="某氏の態度">その姿勢</span>は素晴らしいと思ふ。私も見習はなきやと思ふ。だが、本当に迷い苦しみ悩んだ挙句、それに辿り着いたのかは疑問。私は、それらの過程を看過することはできない。だから、スタイルをかなぐり捨て、行動をとつた。それが間違ひであつたかどうかはわからない。だが、少なくとも、後悔はしてゐない。なぜなら、スタイルとはさういふ迷いから出来、成長するものだからだ。これが私の新たなスタイルたることが出来るか否かは判らないが、試してみるだけの時間と若さは持つてゐるつもりである。</p>


<h3>2004/04/07(Wed)</h3>
<h4>経験則</h4>
<p>失つたものの方が、今手元にあるものよりも大きく思へる。しかし、実際手元にあるものは、それほど小さくはないし、過去の遺物よりも大きいといふことはしばしばある。問題は、どれだけ客観的にそれらを比較・決定し、今の自分を確立するかだ。</p>


<h3>2004/04/07(Wed)</h3>
<h4>可及的速やかに</h4>
<p>今までここには、生活上あつたことを隠さず書いてきた。そのために色々な面倒が起こつたし、今でも少しはその傷が残つてゐるかもしれない。けれど、やはり僕も動物的人間であつて、隠すことは隠してゐる。それがたまたま、今回は量が多いといふだけで。</p>
<p>秩序を尊ぶ保守主義者は、実は破壊しつくして混沌の底に叩き落す厄介極まるアナーキストでした、といふオチ。</p>


<h3>2004/04/07(Wed)</h3>
<h4>ふむ</h4>
<p>実生活が戦時下（&copy;野嵜氏）で、更新できない。忙しいが、何か久しぶりといふ感慨もあつて、或る意味充実してゐる。</p>
<p>関係ないけれど、最近うちのIMEが、登録したものを勝手に削除してくれてゐるやうで、正かなの変換がうまくゐかない。</p>


<h3>2004/04/03(Sat)</h3>
<h4>FK</h4>
<ul>
<li><a href="http://love2.2ch.net/test/read.cgi/motenai/1077860657/">ファーストキスの味を想像するスレ</a></li>
</ul>
<p>紹介する俺は空気嫁と。</p>


<h3>2004/04/03(Sat)</h3>
<h4>新スタ</h4>
<p>実生活が充実しだしたら、新スタイルのアイデアが浮かんできた。これあいいかもしれない。久しぶりにカスのカススタイラーの実力の見せどころか。</p>
<p>とか言ひつゝ、平気で一二ヶ月このままでゐたりするのがこのサイト。</p>


<h3>2004/04/03(Sat)</h3>
<h4>観念の遍歴といふこと</h4>
<p>このリソースはちよつと変なリソースだと思ふ。なぜといつて、よく言はれる日記とは違ふし、blogでももちろんない。さうかと言つて論争主体でグリコのおまけ並みにそれが主体となつてゐるやうな闇黒日記とも違ふ。どうでもいい日常を綴ることもあれば、糞まじめな文書が載ることもある。みつともない色恋の顛末を恥かしげもなく公開してゐることもある。しかし、これはどれも、このリソースにはなくてはならないものだと私は信じてゐる。なぜなら、それらの一つ一つが、有機的なつながりを持つてゐるといふことを、読者に示したいからだ。頭でつかちな知識だけではなく、現実主義といふクソリアリズムでもなく、観念と生活が一体となつてゐる様を示したいからだ。しかし、考へ方だつて変ることもありうる。だが、それを記録することで、自分の観念が如何に変貌してゐるかといふ遍歴を追ふことができる。また、それで読者が楽しめれば、それに越したことはない。私もできるだけ、読み物になるやうに工夫をしてゐるつもりだ。だから、過去ログを読み返せば、かはつてゐるところもあり、かはらぬところもあり、なかなか面白い。これも一つの楽しみ方だと思ふ。</p>
<p>で、その重要な過去ログはどこにあるのかといふ質問がきたー（謎 <a href="http://sins.me.uk/index.php?20040401#20040401_01">attacker</a>さんが、<q><a href="http://www.poesia.jp/notebook/voices.html">加納さんのOther Voices</a>の3月から前の過去ログはどこにあるのだろう。</q>といふことで、その疑問にお答へします。まづ、リソース最上部を見てください。ナビゲーションがあると思ひます。上は、そのリソースまでに至るナビゲーション。下は、ディレクトリのナビゲーションです。そこに、</p>
<pre>Home index Other Voices</pre><p>とありまして、"index"を選択すれば、CSSが有効な環境ならば、右上にセレクトがあると思ひますので、そちらを選択して"Past"してゐただくと、過去ログがざくざく出てきます。</p>
<p>といふか、日記プロジェクトが完成すればindexのリソースは過去ログ一覧になつて、本当の"index"になる予定です。そのために今から弄つてゐるわけです。</p>


<h3>2004/04/01(Thu)</h3>
<h4>えいｐ(ry</h4>
<p>はてなダイアリがはてなBlogなどと名称を変更して、エイプリルなんとかを満喫してゐるやうに思へる昨今、かういふネタにすぐに飛びつく軽薄な人々が確実に存在してゐる様を見ると、web日記の独創性とか鼻で笑ひたくなるが、何を隠そう、私も同様にそのネタに飛びついてゐるわけで、人のことは言へない、なんだ、メタの立場に立つて何かわかつたつもりになつてゐるだけぢやないかといふ突つ込みは当然はいつて然るべきだ云々。</p>
<p>で、昨日はレバニラ炒めとかつおのたたきとサラダを作り、黙々と食べてゐて気づいたのだが、多くの日本人はこの日を忘れてゐるのではないかといふこと。常人は、何かにつけて日記のネタにしようと日ごろから画策してゐる卑しいwebの人間とは違ひ、今日明日のことで一杯なのだ。くだらないこんなことで大騒ぎするほどひまぢやない云々。</p>
<p>で、その暇人の一人が私なわけだが、それが何か？</p>

<h2>この文書について</h2>
<dl>
	<dt>初版</dt>
	<dd>2004-04-01</dd>
	<dt>最終更新</dt>
	<dd>2004-04-29</dd>
	<dt>著者</dt>
	<dd><a href="mailto:%77%65%62%6D%61%73%74%65%72%40%70%6F%65%73%69%61%2E%6A%70">加納　景</a></dd>
</dl>
</body>

</html>
