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	<meta name="author" content="加納 景">
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	<title>掌の小説 -Poesia</title>
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<h1>掌の小説</h1>
	<h2 lang="en">Conte</h2>
		<h3>日本画</h3>
		<p>細い路地に隙間なく住宅が並び、その中には木造のかなり古いものもあった。「米」とか「かき氷」といった錆だらけの看板や、使われなくなった業務用の冷蔵庫（コンセントの先が冷蔵庫の上にのせられている）、たまに空き地があると思えば「土地」という看板と鉄線があって、すぐ横には木の板を並べた塀があった。最近リフォームしたのか、やけに新しいものもあって、田園調布か目黒の家を安っぽくコンパクトにした家もある。</p>
		<p>私がこの道をとおるときにいつも注意して見ているのは、木造二階建ての、この辺りでもかなり古い部類にはいる家で、むかしは商店がぽつぽつとあったはずの通りから道を二つはさんだ所にあって、ここには老夫婦と三匹の猫がいる。猫といっても、飼い猫ではなく野良で、このあいだは空き地の真ん中で五匹くらいで他の猫と集っているのを見ていて、近所の前掛けをしたままでてきたおばさんが、一皿にこんもりと餌を盛って猫にあげているのを見たし、違うときは捨てられた冷蔵庫の上で寝ているすがたも見たから、どこかに特定して飼われているというわけではないのだと思っている。それがなぜその老夫婦と一緒にいると言うかといえば、猫たちがさわらせるのは老夫婦しかいないからで、ジャンプして二階のベランダまで飛んで行くと、頭をさげながらおばあさんに撫でられていて、表から見ると暗闇の中から出てきた格好のおじいさんも、とつとつとでてきて撫でていた。しかし、私は今までにそういう風景に出会ったことはなく、私が撫でようとしてもさっと身を翻して逃げて行ったし、餌をあげていたおばさんに対しても、おばさんが来たら取り合えずは身をかくして、しばらく様子をみてからもそもそと食べ始めていた。そういうこともあって、この近所でもなついているのはあの老夫婦だけなのだと思ったのだ。</p>
		<p>そうしたこともあって、あの夫婦にだけさわらせるのは何故なのかを知りたい私は、通るたびにその家の二階を見ていたのだが、或る日、おばあさんが玄関から出てきたところに遭遇して、目もあったことから、すこしばかり世間話をしてやっと理由が判明したのだが、あの三匹のうち一匹は、もともとそこの家で飼われていた猫の子供で、親猫が死んでからもうちにいたのだが、近所に猫が増えるようになってから外に出ることが多くなって、今では家にいる時間と外にいる時間が半々という具合で、それで野良のように見えていたというわけだが、他の二匹は正真正銘の野良だということだった。しかし、うちのもこんなんだから、あいつらも分からんけれどね、とおばあさんは笑った。</p>
		<p>今でもこの家の前をとおるが、きちんと猫と夫婦は住んでいて、前と変わらずにいる。きっとそれは正しいことなのだと思う。</p>
		<h3>長いお別れ</h3>
		<p>娘は戻ってこなかった。わたしの娘は、戻って来なかった。あの、フィツジェラルドの「バビロン再訪」のように、うまくやることは出来なかった。それは、とうてい無理な話だった。</p>
		<p>しかし、真夜中に店を開けてくれた友人には、感謝しよう。わたしが一人、月夜の庭でビールを飲みたいと言っただけで彼は分かってくれた。ビールは五本買った。
　レコードをかけた。わたしの若いころに買った、安物の中古だが、久しぶりに聞いてみたかった。それはとても良い気持ちにさせるものだった。居間から出してきた一人がけのソファーにうずまって、夜空を眺めるには最適だった。</p>
		<p>ふと、わたしは、娘の可愛いときを逃してしまったのだという思いにかられた。六歳になるわたしの娘。彼女は、彼女の母親の横に座って、俯いていた。ついにわたしの顔を見ることはなかった。それは、彼女が、わたしを認めていないことを意味していた。わたしは、彼女の父親であるはずなのに、そうではなかった。彼女の母親もそういった。</p>
		<p>わたしは顔をてのひらで拭った。脂が手についた。何年も洗っていないような気がした。しかし、視界は透き通ったように感じた。<br>
「さて――」そう呟いた。しかし、しばらくはここから動けそうになかった。</p>
		<h3>能面</h3>
		<p>能面が、私を見ている。増女の面だ。右の眉がかすれて見えない。しかし、彼女は私を、ただ見ている。全て。すみからすみまで。表から裏まで。</p>
<p>ふと、「とうとうたらり、たらりら」が聞こえた。神歌だ。そちらに向くと、千歳の舞い。その間に、シテが翁面をかけた。翁の舞いで「天地人の拍子」を踏んだ刹那、一切が消えた。増女が私を見ていた。</p>
		<h3>明るい夜の空の下で</h3>
		<p>犬の散歩で外を出たとき、ふいに心が揺るがされた。</p>
		<p>雨上がりであった。</p>
		<p>新芽の湿った匂いが、心地よかった。生温い風も、気持ちが良かった。<br>
明るすぎずもなく、暗すぎもなかった。透明であった。<br>
藍色の空には、月が一つ、張り詰めた空間にぽっかりと開いて、光を放っていた。</p>
		<p>そろそろ晩春であった。</p>
		<h3>場末にて</h3>
		<p>街の場末は、空白だった。なにもない、空白だった。そこに、僕とピエロが踏み入った。</p>
		<p>街のネオンが、雲に反射して、こことは桁違いな猥雑が闊歩しているようであった。ここは、空白だった。</p>
		<p>僕とピエロは、喉が乾いていた。水でも、ビールでもよかった。とにかく、なにかを飲みたかった。でも、空白だから、なにもなかった。</p>
		<p>水を求めて、僕とピエロはさまよった。でも、なにもなかった。空白だから。</p>
		<p>しかたなく、来た道を振り返った。道には、陽炎が立っていた。</p>
		<h3>ペニスの商人</h3>
		<p>「ワタシはペニスを売っているアルヨ」とその商人は云った。</p>
		<p>どうしてペニスなんか売っているのだろうと僕は考えた。どうしてもわからなかった。だって、人間の男性のアレなんて、大した物ではないし、切り落として使うには何かと苦労があると思うからだ。</p>
		<p>「そのペニスは、何に使うのですか？」と僕は訊いた。</p>
		<p>「使い道なんて、たくさんアル、たくさんアル。ちょっと小ぶりなのは乾燥させて珍味にするネ。大きいのは勃起させるよう特殊な技術でバイブの代わりにするネ。奥さん達、大喜び。ワタシ、儲かる、ウハウハネ」</p>
		<p>なるほど、と僕は納得した。役に立たないものも、工夫次第で役に立つのだ。僕はまるで釈迦が悟るように思った。</p>
		<p>「ところで」と僕は訊いた。「出汁とかこれでとれるんですか？」</p>
		<p>「ダシ？ああ、出汁ダメ。ちょっと臭みがあるネ。それするならこっちのほうがいい」</p>
		<p>出してきたのは、何か貝類の乾燥させたやつにみえた。僕はこれは何か訊いた。</p>
		<p>「これ、ヴァギナ。表面をさいで乾燥させるネ。これ、このまま食べてもおいしい。カッテケ」</p>
		<p>僕は遠慮した。だって、どっちもなかったら、世界の構造的な困難が生ずると思うのだ。時間の歪みとか空間の歪みとか。</p>

	<h2 id="FOOTER">この文書について</h2>
	<dl id="STATUS">
		<dt>公開</dt>
		<dd>2003</dd>
		<dt>改定</dt>
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		<dt>制作</dt>
		<dd>加納　景 &lt;<a href="mailto:%77%65%62%6D%61%73%74%65%72%40%70%6F%65%73%69%61%2E%6A%70">webmaster&#64;poesia.jp</a>&gt;</dd>
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