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	<meta name="author" content="加納 景">
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	<title>坂本龍一は「癒し」ているのか</title>
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<h1>坂本龍一は「癒し」ているのか</h1>
	<h2>癒しにあらず</h2>
	<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/redirect?path=ASIN/B00005GOA5&amp;link_code=as2&amp;camp=247&amp;tag=poesia-22&amp;creative=1211"><img src="../images/best-sakamoto.jpg" class="illust" alt="ベスト・オブ・坂本龍一 ― ヴァージン・トラックス"></p></a>
	<p>坂本龍一という人物を、テレビ等を介して見ていると、単純な解釈だけで済ますことが出来そうにも思える。いわゆる「左」と云われる「News23」のオープニング曲や「<a href="http://www.tbs.co.jp/zero/">ZERO LANDMINE</a>」等を手がける活動は、彼が「左」に属する人間で、平和を希求してやまない運動家的な存在として写しているかもしれない。しかし、氏はそれほど単純な人間ではない。</p>
	<p>坂本龍一という人物が一番最初に世に脚光を浴びたのは、YMOでの活動であったことは周知の事実であるが、私自身の見解としては、坂本龍一という人において、それほどYMO時代というのを重く見ていない。確かに後の坂本氏があるのはこの時があったからだ、とも言えるわけだが、より重要であるのはその後である。</p>
	<p>今私の手元に、「ベスト・オブ・坂本龍一　ヴァージン･トラックス」という、10年位前に買ったCDがある。当時は小学生で、「戦メリ」が欲しくて買ったのに入っていなく、がっかりしたものだが、今となっては手持ちのCDの中でも抜きん出て好きなのであるが、なぜこのCDが好きなのかといえば、今の坂本氏からはちょっと考えられないような（それでも教授らしさはそのまま）曲ばかりだからだ。というのは、「癒し系」の音楽などという間違った見方をされるような曲風ではなく、むしろ毒性に溢れ、暴力的ともいえる音楽だからである。しかもそれが、例えばパンクやロックのような分かりやすい暴力性ではなく、恐ろしい闇の中に自分が含まれていることへの快楽をあらわすような、安全な音楽とはとても言い難いものなのである。このCDに収められている曲は、当時坂本氏が影響を受けていた民俗音楽（とりわけ沖縄民謡）をベースにしている。沖縄民謡などといえば、かの楽天的な曲風を思い出すものであるが、それが坂本氏の「闇」に、異様にマッチしているのである。</p>
	<p>さて、そのような毒性のある音楽が、どうして今のような、「癒し系」などという曲風になったのか。</p>
	<p>これは、命題そのものが間違っている、と言わざるを得ない。実は、何も変わっていないのである。</p>
	<p>氏の活動する場所は何も変わっていない、というのが正しいかもしれない。</p>
	<p>坂本龍一という人が、とりわけ戦争ということに興味あるいは拒否の傾向が強いのは、政治的な理由というものを二次的に考えてでも、個人の感情を第一義に置いているからだ。その是非は問わないとしても、たしかに戦場の悲惨というものは、平和の国に住む我々としては想像しがたいものかもしれない。しかし坂本氏は、それを肌身に感じている人であるように思う。それはつまり、戦争という人間の「闇」を本当の意味で知っているからということにならないだろうか。</p>
	<p>氏が謳っているのは、朝日の中に揺り篭が揺れているような情景ではなく、空爆後の焦土の、ひと時の安堵と祈り、そして「救い」なのではないだろうか。</p>
	<h2 id="FOOTER">この文書について</h2>
	<dl id="STATUS">
		<dt>公開</dt>
		<dd>2003-06-07</dd>
		<dt>最終改定</dt>
		<dd><!--#config timefmt="%Y-%m-%d" --><!--#flastmod file="sakamoto.html" --></dd>
		<dt>制作者</dt>
		<dd>加納　景 &lt;<a href="mailto:%77%65%62%6D%61%73%74%65%72%40%70%6F%65%73%69%61%2E%6A%70">webmaster&#64;poesia.jp</a>&gt;</dd>
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