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	<meta name="author" content="加納　景">
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	<meta name="description" content="浅田彰風ゴダール紹介文">
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	<title>for ever godard</title>
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<h1>for ever godard</h1>
	<h2>ゴダールの奇跡</h2>
	<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/redirect?path=ASIN/B00007LAEF&amp;link_code=as2&amp;camp=247&amp;tag=poesia-22&amp;creative=1211"><img src="../images/feg.jpg" alt="フォーエヴァー・ゴダールDVD-BOX(4枚)" class="illust"></a></p>
	<p>ジャン=リュック・ゴダールについて語ること。ゴダールが語るように、語ること。それ自体が、しかし、無理な話ではないか。彼の傍若無人なまでの速度に身をさらし続けたならば、そんなことは想像すらできないだろう。</p>
	<p>この4枚のDVDに収められた作品は、そのような感慨を抱かざるを得ない、強烈なゴダールの軌跡（奇跡？）が描かれている。『新ドイツ零年』との併映を望んでいたという『JLG/JLG』（邦題『JLG/自画像』）の、レマン湖に打ち寄せる波、水面の反射、数多の本の中に置かれたランプ・シェード、空、モニターの光、etc...。それらが、60年代に撮られた『ウイークエンド』と並べられたとき、僕たちは目眩にも似た光の戯れに混乱し、彼の疾走をただ呆然と見つめ続けるしかない。</p>
	<p>その意味で、『フレディ・ビュアシェへの手紙』は、90年代以降のゴダールをとらえる上で、きわめて貴重な短編映画だといえる。『ウイークエンド』や『気狂いピエロ』でみせた原色の氾濫から、美しいドラクロワ的な色を意識させながら、ズタズタにした『パッション』、『カルメンという名の女』（ここに『手紙』が入る）。そして『JLG/JLG』、『新ドイツ零年』。その果てに、『フォーエヴァー・モーツァルト』や『愛の世紀』があることに、今更ながら、このポスト・モダンと目されてきた彼の、モダニズム的な映画や映像への忠誠を見ることができるし、あるいはそれゆえに「ポスト・モダン」なのだということもできる。いずれにしろ、その手の話は言葉の問題でしかなく、ただ、圧倒的なまでの光（そもそも映画は、光の点の集合でしかない）の現実感だけが残るという次第である。</p>
	<hr>
	<p>ゴダールは難しい？そう気色ばむ人もいる。しかしそういう人にこそ、このDVD-BOXを見て欲しい。たしかに、古今の様々な引用がそこにはあるし、いささか玄人読みしなければならない場面も登場するだろう。けれども、圧倒的なまでに格好いいスタイルやシーンを楽しむことが、なによりもこれらの作品を見る上で、幸福な姿勢と言えるのではないか。蓮實重彦の言うように、ゴダールを信じてはいけない。ただ、彼のセンスとそれがもたらす映像の快楽（むろん、それは不快な快楽である）を、一身に受け止めればよいのである。</p>
	<hr>
	<p>いささか俗悪とも思える『フォーエヴァー・ゴダール』というタイトルは、言うまでもなく『フォーエヴァー・モーツァルト』を捩ったものだ。その『モーツァルト』は、これまで『新ドイツ零年』などのような、ゴチャゴチャしたスタイルを捨て、物語的映画に回帰したかのように見える。実際そうなのだが、しかし、『JLG/JLG』の室内映画の極点をみることもできるという点で、優れてゴダール的だと言えるだろう。そして、菊地成孔氏が指摘するように、ゴダール映画の録音をずっと担当してきたフランソワ・ミュジーの完成が、老境のゴダールを支えているという点も、見所と言えるかもしれない。だが、これを観るものは、そのような「完成された」ゴダールを嫌うかもしれない。そして同時に、こういう期待もするはずだ。「これからゴダールは、どのような映画を撮るだろうか？」</p>
	<p>そう、これこそ、ゴダールの疾走が、今なお僕たちをとらえて離さない証拠なのである。</p>
<h2 id="FOOTER">この文書について</h2>
	<dl id="STATUS">
		<dt>初出</dt>
		<dd><a href="http://d.hatena.ne.jp/kanou/20041116">undercooled:2004-11-16</a></dd>
		<dt>公開</dt>
		<dd>2004-11-17</dd>
		<dt>改定</dt>
		<dd><!--#config timefmt="%Y-%m-%d" --><!--#flastmod file="feg.html" --></dd>
		<dt>制作</dt>
		<dd>加納　景 &lt;<a href="mailto:%77%65%62%6D%61%73%74%65%72%40%70%6F%65%73%69%61%2E%6A%70">webmaster&#64;poesia.jp</a>&gt;</dd>
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