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	<meta name="author" content="加納 景">
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	<title>ダンス・ダンス・ダンスという「境界」 -Poesia</title>
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	<li id="POINT">ダンス・ダンス・ダンスという「境界」</li>
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<h1>ダンス・ダンス・ダンスという「境界」</h1>
	<h2>作品と作家的展開</h2>
	<p><img src="../images/dance.jpg" class="illust" alt="村上春樹著『ダンス・ダンス・ダンス』(上)"></p>
	<p>多くの作家が眞似をし、現代小説の感性を一氣に決定づけた作家と言へば、村上春樹氏である。</p>
	<p>例へば『羊をめぐる冒険』において氏は、ミステリーを純文學に持ち込み、當時の作家志望の人々を絶望させた。もう文章なんて書かないと宣言するものもゐたといふ。つまり、それだけ村上氏がもたらした衝撃は大きかつたのである。しかし、作品的成功はもちろん、商業的成功まで果たした氏だが、そこで留まることはなかつた。常に前作よりも優れた作品を書かうとし、時には失敗しながら、それでも果敢に挑み續けてゐる。</p>
	<p>『風の歌を聴け』から『羊をめぐる冒険』までの共通のテーマは、集団に対する帰属の拒否である。個人をいかに確立するかといふ一点に置いて、作者は「鼠」を爆死させ、「僕」の個人を確立したのである。しかし、この『ダンス･ダンス･ダンス』においては、確立したはずの個人は孤独といふ形で表れ、それをいかに救済しうるかといふことがテーマになる。</p>
	<blockquote title="『ダンス･ダンス･ダンス』(上) P39">
		<p>僕は四年かけてなんとか自らの存在の平衡性を取り戻した。僕は与えられた仕事をひとつひとつきちんとかたづけてきたし、人々は僕に信頼感を抱いてくれた。それほど数多くないにせよ、何人かは僕に好意のようなものを抱いてくれた。でも、言うまでもないことだけれど、それだけでは足りなかったのだ。全然足りなかったのだ。要するに僕は時間をかけてやっと出発点に戻りついたというだけなのだ。</p>
	</blockquote>
	<p>この作品において「羊男」が語つてゐるやうに、孤独の救済は<q>音楽が鳴っている間はとにかく踊り続ける</q>ことに見出してゐる。しかしそれは、「羊男」が存在する「完璧な暗闇」で踊るのではなく、また、<q>『スター・ウォーズ』の秘密基地みたいなあの馬鹿げたハイテク・ホテル</q>に代表される現実世界で踊るのでもない、あくまでその「中間」において「踊り続ける」ことなのだ。なぜといつて、「闇」に身を委ねれば、清潔二枚目俳優で同級生の「五反田君」のやうに、コールガール(キキ)を殺し山中に埋め、自殺することになり、かといつて「現実」の「僕」は孤独でしかないからだ。</p>
	<p>この『風の歌を聴け』から『ダンス』までの作品の軌跡だけでも、村上氏の格鬪の凄さは容易にわかる。しかし、この後もやはり作品世界は廣がつてゐる。『ダンス』の後、エレベーターの扉に突如として現れる「恐ろしいほどの完璧な暗闇」がテーマとなつて行くのだ。それはオウム真理教の事件を扱つた『アンダーグラウンド』や『約束された場所で』において、麻原といふ「闇」のおぞましい堆積に対しての興味や、それと同時進行的に書かれた『ねじまき鳥クロニクル』においてのノモンハン戦争での出来事などに色濃く表れるが、その詳細をここで論ずることはしない。ただ、この『ダンス』といふ作品が、孤独から逃れるために「闇」と「現実」の「境界」で「踊」らなければならぬとし、また、この後にはその「闇」へと身をのりだし、「救い」の道を求めるようになつたといふ、作品の展開からも、境界的な作品であるといふことだけを読者に示し、筆を擱きたい。</p>
	<h2 id="FOOTER">この文書について</h2>
	<dl id="STATUS">
		<dt>公開</dt>
		<dd>2003-06-06</dd>
		<dt>改定</dt>
		<dd><!--#config timefmt="%Y-%m-%d" --><!--#flastmod file="dance.html" --></dd>
		<dt>制作</dt>
		<dd>加納　景 &lt;<a href="mailto:%77%65%62%6D%61%73%74%65%72%40%70%6F%65%73%69%61%2E%6A%70">webmaster&#64;poesia.jp</a>&gt;</dd>
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